大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所岸和田支部 昭和26年(ワ)7号 判決

主文

原告が昭和二十五年十一月十五日被告両名に対してした解雇の有効であることを確認する。

被告一美が貝塚市半田百五十番地原告会社貝塚工場女子寄宿舎葵寮第三号室を、同アサが同藤寮第三号室を夫々使用する権利のないことを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項乃至第三項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は各種繊維の紡績、織布、加工及び販売並にこれに関連する事業を経営することを目的とする資本金十億五千万円の株式会社であつて、全国に二十五箇の工場事業場を有し、約三万名の從業員を擁しているものであり、その從業員は一部の非組合員を除き殆んど全部が「大日本紡績労働組合」なる単一組合を組織し、各工場事業場毎にその支部が設けられている。而して、被告一美は昭和二十三年三月二十八日に原告会社貝塚工場に工員として入社し、粗紡部に勤務し貝塚市半田百五十番地所在の原告会社貝塚工場女子寄宿舎葵寮第三号室に入寮して居り、同アサは昭和二十二年八月一日原告会社貝塚工場に栄養士として入社し、ミシン室に勤務し、前示寄宿舎藤寮第三号室に入寮し、共に前示組合の組合員である。抑も紡績事業は本邦経済再建の重大使命を帯びる基幹産業でありその運営の如何は我国社会公共の安寧福祉に重大な影響を与えるものであるから、原告は現時の客観状勢の変化に伴い一段と本事業の正常な運営を図るため、原告会社の機能を損壊しその使命の遂行を阻害し又はその虞ある如き從業員を排除するのは企業防衛上己むを得ないものと考え、これ等の者を原告会社と前示労働組合との間に締結されている労働協約第二十一条第一項第三号によつて解雇することとした。よつて先ず、共産主義的活動に関連を持つものであつて(イ)事業の社会的使命に自覚を欠く者(ロ)円滑な業務の運営に支障を及ぼす者(ハ)常に煽動的言動をなし他の從業員に悪影響を及ぼす者(ニ)右各号の虞ある者を被解雇該当者とすることの基準を定め、整理対象従業員について具体的事実を検討したところ、被告一美は、日本共産党阪南地区委員会日本紡績貝塚細胞の構成員であつて、

(一)  入社以来活溌に党活動をし、日本共産党員並に同調者獲得に奔走し、工場内外の諸会合、寄宿舎自治会又は読書会等に於て党勢力の拡大強化に努め従業員を誘引していた。

(二)  昭和二十五年九月十七日発刊停止処分を受けた日本共産党貝塚細胞機関紙「糸ぐるま」及び日本共産党阪南地区委員会の名義による伝単の発行責任者であつて、同二十三年六月以降毎週一回位の割合で社宅門前及びその附近に於て反戦思想の鼓吹延いては作業能率の低下、減産運動を目的とする伝単を自ら配布し、又は外部党員にこれを配布させた。

(三)  前示「糸ぐるま」発行停止後は題名を「綿の花」と変更して発行配布して虚偽の事実を報道し、煽動的言辞により他の従業員に悪影響を及ぼし、原告会社の円滑な業務運営に支障を来たさせた。

(四)  常に寄宿舎内に日本共産党の機関紙である「アカハタ」及び「ウイークリー」等を持込み配布し、従業員にその閲覧を勧めていた。

(五)  昭和二十五年九月頃連篠機保全工をしていたとき他の者に仕事をするなと煽動した。

(六)  同年五月頃から平均一箇月三回位の中退をして生産に非協力であつた。

(七)  同年六月一日以降十数回に亘り午後十時の門限に遅れて帰寮し、寮生に多大の迷惑をかけると共に寄宿舎規則に違反した。

被告アサは、日本共産党阪南地区委員会貝塚構成員であつて、

(一)  前示「糸ぐるま」の発行責任者として活躍したのみならず、自らこれを配布した。

(二)  昭和二十二年九月日本共産党員五名が前示組合から除名された以後積極的に党員並に同調者の獲得に狂奔していた。

(三)  常に工場寄宿舎に「アカハタ」及び「ウイークリー」等を持込み配布し購読者の拡張に努めた。

(四)  昭和二十五年七月一日以降数回に亘り貝塚市味村方に於て被告一美と共に細胞会を開催し反戦思想の鼓吹延いては減産運動方針等を協議した。

(五)  同年十月十八日男子寄宿舎で日本共産党阪南地区委員会の宣伝資料を配布した。

(六)  同二十三年「職場よもやま座談会」に出席し、悪意と虚偽に満ちた言辞を以て原告会社を誹謗しその信用体面を著るしく傷け、円滑な会社業務の運営に支障を来さしめた。

(七)  同二十五年六月一日以降数回に亘り午後十時の門限に遅れて帰寮し、寮生に多大の迷惑をかけると共に寄宿舎規則に違反した。

等の事実があつたことが判明したので、右は前示解雇基準に該当するものと認め被告両名を解雇することとした。よつて昭和二十五年十一月四日前示組合に対し緊急人員整理の件に関し中央労資協議会開催方を申入れ同月七日右協議会に於て緊急人員整理の趣旨を開示し前示解雇基準に該当する被告両名外十三名の解雇につき協議し、同月十四日右協議会に於てもこれを諒とするに至つた。これより先原告会社貝塚工場長は同年十一月八日被告等に対し前示緊急人員整理の趣旨により同月十四日迄に任意退職すべきことを勧告し、若し任意退職をしないときは同月十五日附で解雇するから予告手当を含む退職金を受領に来られたい旨を告知した。ところが、被告等は同月十四日迄に任意退職をしなかつたので、右告知に従い同月十五日被告等に対し書留内容証明郵便で解雇通知を発送し、該書面は同日被告等に到達したが、被告等は予告手当を含む退職金を受領に来なかつた。そこで、原告は同月十六日大阪法務局岸和田支局で被告アサに対し、予告手当金八千八百一円、給料三箇月分金二万六千四百三円、退職金七千七十四円合計四万二千二百七十八円から税金控除金四千三百三十二円を控除した上更に共済組合脱退金千七百六十九円を合算した金三万九千七百十五円を、被告一美に対し、予告手当金五千四百八十三円、給料三箇月分金一万四千二百五十六円、退職金二千五百七十二円合計金二万二千三百十一円から税金控除金千三百九十九円を控除した上更に共済組合脱退金六百四十二円を合算した金二万千五百五十四円を夫々弁済供託した。よつて、被告等は昭和二十五年十一月十五日を以て原告会社の従業員である身分を喪失したものである。而して、原告会社の寄宿舎規則によれば、従業員が解雇されたときは一週間内に退寮すべきことになつているので、被告等は所定期間後は前示寄宿舎を使用する権利を失つたものである。然るに、被告等は右解雇の効力を争うので、原告が被告等に対してした右解雇の有効であること及び前示寄宿舎の使用権のないことの確認を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述し、被告等の抗弁を否認し、なお、原告が被告等の解雇については中央労資協議会の協議に基いてしたものでなく、元来本件解雇は中央労資協議会の協議を経ることを要しなかつたが、事案が重大であつたため慎重を期して特に右協議会の協議を経たにすぎないものである旨附陳した。

(立証省略)

被告等及び被告等訴訟代理人は、原告請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告会社がその主張のような会社であること、原告会社の従業員がその主張のような労働組合を組織していること、被告両名が共に原告会社貝塚工場の従業員であつて、前示組合の組合員であること及び被告両名が日本共産党阪南地区委員会日本紡績貝塚細胞構成員であることはこれを認めるが、爾余の事実はこれを争う。被告等には原告挙示のような解雇基準に該当する事実がない。又原告主張の「糸ぐるま」や「働く婦人の座談会」に掲載されている記事は真実であつて何等の虚構はない。若し仮りに被告等に原告挙示のような解雇基準に該当するような事実があつたとしても、本件解雇は次の理由によつて無効である。即ち、(一)原告は被告等を労働協約第二十一条第一項第三号の「己むを得ない業務上の都合によるとき」なる解雇基準に基いて解雇したと主張するが、右に所謂「己むを得ない業務上の都合」とは同協約第二十二条に列挙されているように「事業場の縮少又は閉鎖」のため人員整理を必要とするときに限るべきものであるから右に該当しない本件解雇は無効である。(二)原告は被告等の解雇について中央労資協議会の協議に附した旨主張するが、労資協約第七十八条によれば、右協議会を開催するには所定期日前に所定事項を文書を以て相手方に通知すべきことになつているのにかかわらず、何等この手続を履践しないで開催したものであるのみならず、原告の主張自体でも明瞭であるように、被告等に対する解雇の告知は昭和二十五年十一月八日になされているが右協議会の協議はその後になされているのであるから、本件解雇は右労働協約に違反した無効である。(三)又原告は本件解雇に際して被告等に対し労働基準法第二十条による前示金額を弁済供託した旨主張しているが、その平均賃金を過少に計算して供託したものであるから解雇は効力を生じない。(四)なお、仮に被告等が日本共産党の勢力拡張に奔走したとしても、それは政治活動であつて、政治活動は各個人に認められた基本的人権である。しるかに、原告の挙示する解雇基準は「共産主義的活動に関連を持つ者」であることを前提としているところから見て、被告等が日本共産党員であることが明かに解雇の真因をなしているものであるから、本件解雇は労働基準法第三条、日本国憲法第十四条に違反し不当解雇である。と陳述した。(立証省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例